■幼稚舎教育の目指すもの 慶應義塾幼稚舎は、2004年に創立130周年を迎えました。幼稚舎の教育理念は、校歌の「幼稚舎の歌」に歌われている、子どもたちが「福澤先生の教えを身に行う」ということ、すなわち「独立自尊」を実践できる人材を育成することです。幼稚舎では、この教えを子どもたちそれぞれが自分を磨きながら、互いの違いを認め合い、助け合えるようになることとしてとらえ、子どもたちが「共に思いやりの心を持って、自分のできることを一生懸命する」という形で、日常的に実行できるように努めています。
すなわち、子どもたちを取り巻く現在の状況と将来の変化を見通しながら、子どもたちに自分の持つさまざまな可能性に気づかせ、「自分のできること」を引き出し、さらなる成長を促す場と機会との提供を不断に用意しています。
福澤諭吉は、「先ず獣身を成して後に人心を養う」と常に唱えていました。そこで、その教えにしたがって、幼稚舎では昔から身体活動を鍛えることに力を入れ、入学してから卒業するまで、そのための場と機会としてたくさんの体育行事や活動を用意しています。
また、幼稚舎では6年間を通じて同じ担任が、クラスの児童一人一人の成長を見守って細やかに対応する一方で、多くの教科(理科・造形・絵画・音楽・体育・英語・情報・習字・総合)の授業を専門の教員が担当し、それぞれの立場から、さまざまな場と機会とを提供する活動を工夫しています。
そして、創立125周年を機に、「幼稚舎21」と銘打って幼稚舎の教育環境や教育内容について新たな検討を加えてきました。その結果として、2002年度の1年生から、クラスのサイズを小さくして4クラス制にしました。教科目によっては、クラスを分けてより少人数で授業を行うようにしています。さらに英語や情報を1年生から教え始めています。また、2002年4月に完成した「新館21」に食堂を設けました。給食も食を通した文化と規律を学ぶ教育の場であり機会であると考えて、食堂の使い方や食事のマナーなどについても教えています。
その他、情報教育のためのインターネットやプラズマディスプレイを各教室に設置するなど、情報化の機器設備を充実させると共に、その活用を図っています。幼稚舎の児童図書室を活用した「Web版図書システム」の運用も保護者を含めて行っています。
また、多様な場と機会として用意されている学内外の諸行事や活動への参加を通して、互いに競い合いながらそれぞれが違う能力と個性を持つ者として認め合い、助け合い、さらに互いを高め合っていく、そうした関係を作り出していくことで、子どもたちに「独立自尊」を身につけてもらおうと考えています。そして、その過程で自分で考える力を養い、自分で良いと思ったことは自分から進んでするという、自分に対する誇りを持ってもらいたいと願っています。
このように、幼稚舎生が、自分のことだけではなく、思いやりの心を持って周りの友達やクラスの仲間と一緒に、さらには全幼稚舎生と共に成長していく関係を築けるように、教職員一同努めています。
■慶應義塾の一貫教育
教育の目的は本来、児童や生徒自らが各個人の能力や適性を発見し、存分に成長させるようにさまざまな機会を提供することです。このことをそれぞれの時期に相応しい形で実践することが、慶應義塾の一貫教育の共通の目的です。
慶應義塾の小・中・高等学校は、共通する教育理念や教育目標を持っていますが、各学校の教育方針や具体的な教育の運営はそれぞれ独立しています。つまり、一貫教育としての同一性の中に多様性が存在していることになります。特に、中学校・高校に複数の学校が設置されているのは、各学校の特色を活かして、多様な人材が育つことを期待しているからです。
各学校が社会のリーダーを養成するために、特別に教育上の工夫を凝らしているのではなく、個性尊重の塾風を活かして、児童や生徒それぞれが自分の好きなこと、得意なことに存分に打ち込む結果、しぜんとさまざまな分野でリーダーが育まれる義塾ならではの伝統があります。これを慶應義塾では「先導者教育」と呼んでいます。
■6年間担任持ち上がり制と教科別専科制
幼稚舎教育の大きな特色として6年間担任持ち上がり制が挙げられます。6年間クラス替えがなく、基本的には担任も替わりません。担任は、児童一人一人を6年間にわたる長い目で、その成長と発達を見守ります。担任にとって6年間同じクラスを受け持つということは、大変責任の重い仕事ですが、それゆえ、児童の成長の手助けを親身になって行います。児童は、6年間の日々の共通体験により、掛け替えのない友情を育み、教師と児童との真の信頼関係が派生し、一生の友、一生の恩師を生み出します。教育内容については、担任にかなりの自由度があります。ですから、隣のクラスと教材が違っていたり、方法が異なっていたりすることが間間あります。もちろん、どうしても覚えてもらわないと困るような事柄も多いのですが、幼稚舎では、勉強は自ら進んで行う、学習内容は自分で獲得する、という考えが根本にあります。担任は自分で教育内容や方法を考え、それを情熱をもって授業で展開する。その情熱に感化された児童は、知的好奇心を揺すぶられ、自ら学習に取り組むという事態を期待されています。
6年間担任持ち上がり制では、接する教員が限定されてしまうのではないかという心配があります。しかし、その点は充実した教科別専科制で補っています。担任が受け持つ授業は、国語、社会、算数、総合、体育の一部、運動時間などです。そのほかの科目は、それぞれ専門の教育を受けた教員が指導に当たっています。2008年度は、20名の専任専科教員と16名の非常勤講師が在籍し、これらの豊富なスタッフによって、1年生から音楽、造形、絵画、体育、情報、英語、総合という科目が専科授業としてスタートします。以上、述べてきたように幼稚舎教育は、一人の担任が長い目で見ることに重点をおいた6年間担任持ち上がり制と、いろいろな角度から複数の目で見ることに重点をおいた教科別専科制によって成り立っているのです。教育方法にオールマイティーはありません。6年間持ち上がり制の欠点も十分理解しています。しかし、その欠点を補って余りあるほどの長所が、6年間持ち上がり制にあると考えて、幼稚舎では採用しています。
■多様な活動
日々の授業が最も大切であることに間違いはないのですが、幼稚舎では授業に関連して、また授業とは別に色々な行事が用意されています。全員参加型の行事としては運動会、夏期作品展、学習発表会、音楽会(4〜6年)、福澤先生御命日講話(4〜6年)、千m完泳をめざす夏の水泳授業(3〜6年)、働く消防写生会(3年)、ヤゴ救出作戦(4・6年)、救命救急処置を学ぶBasic Life Support講習(5年)、車椅子体験(4年)、アイマスク体験(5年)、学年別の校内大会(3〜6年)、音楽・演劇鑑賞会、宿泊行事としては3年1泊遠足、4年海浜学校、5・6年高原学校、6年修学旅行があります。また5・6年は、週1回クラブ活動があります。これは全員必修で、16の運動部、12の文化部が用意されています。そして、クラブ毎に試合や外出、合宿が企画されています。オープン参加型の行事としては、オープン卓球大会、オープンテニス大会、漢字読み大会、新年カルタ会、福澤先生ゆかりの36キロチャリティーウォーク、神田祭、縄跳び記録作り、5年スキー合宿、6年福澤先生ゆかりの地を訪ねる旅、夏休みボランティア体験などがあります。このようにたくさんの行事が用意されているのは、教育は単に教室だけで行われるわけではなく、全人格的な教育を行うには多様な場が教育に必要だと考えているからです。しかし、これらのことを全て身につけて欲しいと思っているわけではありません。多様な行事や催しを用意し、その中で、幼稚舎生が1つでも得意なもの、興味あるものを見付け、自信を持ち、最終的には自ら進んで物事に働きかけていく姿勢を身につけて欲しいと思っているのです。
■ 国際交流プログラム
希望者には、海外へ行くプログラムも用意されています。まず、オックスフォードにあるドラゴンスクールとの交流です。両校の生徒は、それぞれホームステイをし、学校の授業に参加します。ドラゴンスクールの生徒が来日するときは、幼稚舎の運動会にも参加します。また、以前、幼稚舎に来たドラゴンスクールの生徒が大学生になり、幼稚舎に1学期間、英語を教えに来たこともありました。教員同士の交換研修も行われ、交流を深めています。夏には、慶應ニューヨーク学院の寮を利用して、近くのモホークデイキャンプに通います。現地の子供に混じって様々な活動を行います。さらに6年生は、キャンプの最後の1週間をジャクソンホールの大自然の中で過ごすワイルドキャンプも行われています。もう一つは、英国サマースクールです。生徒8人にイギリス人の先生が1名つき、教室での学習、フィールドワークなどを行います。これらのプログラムは、単に英語を学ぶために行っているのではなく、異文化を体験することによって、習慣や価値観が異なっている人の存在を知り、そのような人とどうやって共存していくか、さらにそのような人を認める寛容の精神を養えればと思っています。
■よく学び、よく遊べ
最後に、幼稚舎が大切にしていることは、子ども同士の遊びです。休み時間、昼休み、放課後と、幼稚舎生は時間があれば直ぐに遊びます。とくに1年生から放課後が設定され、自由に過ごす時間が確保されています。太陽の光を浴び、外の空気を一杯吸って遊べば心身とも健康になります。近年、人間関係に関して苦手な人が増えているように感じます。これは幼児期に、しっかり友だちと遊んでいないことが原因ではないでしょうか。極言すれば、学習は自宅でも可能ですが、人間関係を学ぶには学校のような集団がなければできません。人間は、一人で生活するわけにはいきません。どうしても社会に参加し、他人と交わることになります。ですから、円滑な人間関係を築いていく能力は、最も大切なことの一つだと言えましょう。「人間っていいものだ」と、物事を肯定的に捉えられるようになるには、やはり友だち同士の遊びが大切なのです。まさに、よく学び、よく遊べです。幼稚舎で学んだ生徒が卒業するときに「小学校6年間、楽しかった」と感じ、さらに彼らが年老いたときに「自分は幼稚舎で学べて良かった」と懐かしめる、そんな学校になるように幼稚舎は努めています。
■季節感を生かした体育活動 「先ず獣身を成して後に人心を養う」は、幼稚舎創立以来の変わらない教育方針で、福澤諭吉の人間主義の考え方や生き方への主張が見られます。「獣身を成して」とは、単に身体の発達や体力の充実、増進を図るというだけでなく、児童が自由にはばたき、遊び、活発にしなやかに動ける身体と、豊かな感性を身に付けることにあります。その上で学問をし、将来において一人の人間として、大きく社会に貢献する基であることを教えています。
幼稚舎では、季節感を生かした体育活動を心掛けています。春は新緑の下、短距離走、リレー、長距離走と天現寺のグラウンドを走ります。グラウンドの真ん中に立つ
ケヤキが大きく枝葉を伸ばし、汗だくの幼稚舎生に涼しく気持ちよい木陰をプレゼントしてくれます。夏は水泳一色に染まります。児童も先生も皆で1000m完泳を目指し、卒業までには全員が完泳します。それは、単なる目標に留まらず、どのようにチャレンジするか、水とどう接するかを学び、幼稚舎生の誰もが水を恐れることなく楽しみ、大切にし、ひいては人生を豊かにしていくことにつながります。最近では着衣泳や水難救助法にも力を入れ、危機的状況の中で水の怖さや、水から身を守る術、人を助ける術を学びます。秋は運動会、体力測定、校内大会と行事が続きます。運動会では徒競走、クラス対抗競技、リレー、マスゲームなどで力いっぱい身体を動かし、心を躍らせます。3年生からはドッジボール、フットベース、ソフトボール、サッカー、バスケットボール、バレーボールと学年ごとにクラス対抗の校内大会を楽しみながら、フェアプレーの精神を学び、心身共に鍛錬します。冬は全校で毎朝の駆け足、縄跳びの記録作りが盛んです。一人ではつらいことも友達や仲間と一緒にする楽しさや喜びを覚えます。縄跳びでは、記録への挑戦、それに繋がる達成感から、元慶應義塾長の小泉信三の言葉である「練習は不可能を可能にする」を体得することになります。
体育の授業時間だけでなく、運動時間や始業前、昼休み、放課後と四季折々の運動やスポーツを通して友達を思いやる心、協調する姿勢が生まれます。自然に恵まれた幼稚舎のグラウンドには、いつも児童たちの歓声がこだましています。さらに、校外活動においても心身を鍛える行事があります。4年生の館山海浜学校での4kmマラソン、5年秋6年春の立科での高原学校で行われる登山など、都会ではできない体験も味わいます。また、5年生の春休みには長野県志賀高原や北海道音威子府でのスキー合宿を行います。
「強靭な身体がないと真の優しさは生まれない」
獣心を育てる実体験の中から、心の美しさや大きさ、営み、表現を大事にすることを覚え、体育を通して豊かで確かな感性を育んでいきます。
■心の豊かさを育む活動 夏休みを約1か月後に控えた6月下旬に、良書展示会が催されます。この良書展示会は、優れた児童書が手に入りにくかった戦後の1950(昭和25年)から今日まで続く児童書の展示会です。2日間、小体育館が児童書専門の本屋さんに変わります。約6000冊の児童書が並び、夏休みを迎える幼稚舎生の読書意欲をかき立ててくれます。多種多様な出版物が刊行されている今日でも、子どもたちに本を読み聞かせたり、自ら積極的に読んでもらいたい本を探したりすることは、そう簡単なことではありません。校内にある充実した児童図書室とは別に、自分の身近に置く良書をゆっくりと選ぶことのできる機会を設けることは、「人心」を養うために欠かすことができません。良書展示会は、夏休み前の幼稚舎の風物詩となっています。
2学期が始まって間もない9月中旬には、運動会、学習発表会と並んで幼稚舎の大きな行事の一つである作品展が開催されます。作品展には、1年生から6年生までの各教室に、そのクラスの児童たちが夏休み中に工夫して作った造形や絵画、書道、観察日記、研究レポートなどが展示されます。作品展に出品された作品から幼稚舎生の感性や創意工夫、努力が垣間見られることで、作品展はそれらの作品を観賞する幼稚舎生にとって互いに喜び、讃えあえる共感の場ともなっています。12月上旬には、音楽会が開かれます。音楽会には、4〜6年生が参加します。音楽の授業で学び、練習してきた合唱や器楽合奏をクラスごとに発表します。音楽を通して心の成長や豊かさを促す大切な機会となっています。音楽会は、幼稚舎の初冬の風物詩です。
年度末を控えた2月下旬に、学習発表会が催されます。学習発表会は、秋の運動会と並んで幼稚舎のもっとも大きな、そして大切な行事です。学習発表会には、全学年が参加します。1年生は歌と合奏を披露します。中でも歌詞が6番まである『福澤諭吉ここにあり』の大合唱には、ひと際大きな拍手が送られ、自尊館全体に一体感が生まれます。2、3年生は劇を行います。5、6年生は、所属しているクラブの活動を通して自尊館の舞台で発表したり、グラウンドや体育館で実技発表をしたりします。図書室などで展示発表するクラブもあります。学習発表会は、幼稚舎生一人一人の成長を披露する、年度の締め括りを飾るにふさわしい「舞台」となっています。
■自らの意思で参加する活動
6年間担任持ち上がり制といっても、児童たちは、クラスの中だけに収まっているわけではありません。自分の興味に合わせた自主的な活動に低学年から参加しています。例えば、「あみもの会」「おはなし会」などです。希望者が専門の先生について編物を習ったり、古今東西の話を聞かせてもらったりしています。
さらに一歩進めて、学校や幼稚舎生の役に立つことをしようという自治的・奉仕的な活動に「児童活動」があります。「クラス委員会」や「運動委員会」をはじめ、学校で飼っているさまざまな生き物の世話をする「生き物の世話係」、学校を飾る植物の世話をする「園芸の会」などユニークな委員会もあります。中には、「EPC(環境問題委員会)」のように、児童の要望から作られ、リサイクルを中心に活動している委員会もあります。
多くの委員会は、児童が主体的に活動に関われるように運営されています。例えば、ユニセフや歳末助け合いの募金の呼び掛けは「クラス委員会」の児童が文章を作り、朝礼でお願いしたり、低学年の教室へお願いに行ったりしています。また、「コンピュータ委員会」は、各教室に映し出されるプラズマディスプレイに、その日にふさわしい内容を盛り込んで画面を作成しています。
とはいえ、委員会の活動は、グラウンドや体育館の遊具の後片付けを行う「運動委員会」や貸し出した本の返却遅れをチェックする「LAM(ライブラリー・アシスト・メンバー)」のように地道で目立たない奉仕活動になりがちです。そこで3週間に1度「児童朝礼」を設け、各委員会に普段の活動を発表してもらう機会を設けています。
運動会・作品展・学習発表会などの大きな行事の際には、玄関にその行事の大きな看板が掲げられます。その看板も児童からデザインを募集し、選ばれた児童のデザインをもとに看板が作られています。
このように、幼稚舎では、児童一人一人が様々な場面で自らの意思で参加して行動することを願い、児童一人一人に主体的・自発的な活動を促したいと考えています。
理科・音楽・絵画・造形・体育・習字・英語・情報は専科制
英語・情報授業は1年生から取り組む。
図書室の蔵書が豊富で、学習を促進するスペースが設けられている。
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